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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)2502号 判決 1975年10月29日

控訴人 飛田親三

被控訴人 小野塚録次

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述および証拠の関係は、次に付加するほか原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

(控訴代理人の付加陳述)

(一) 被控訴人は、控訴人主張の本件土地の売買契約または消費貸借契約およびこれにともなう本件土地の譲渡担保契約につき仲田裕彦のみならず、宮山盛夫に対しても右仲田と全く同一内容の代理権を付与していたものである。

(二) 民法第一一〇条の表見代理の主張については、基本代理権として、被控訴人は当時仲田裕彦、宮山盛夫の両名に対し本件土地を担保に供して他より金融を受ける代理権を付与していたと主張する。

(証拠関係)<省略>

理由

一  本件土地が被控訴人の所有であつたことおよび本件土地につき控訴人のため被控訴人主張のとおりの所有権移転登記が経由されていることは当事者間に争いがない。

二  よつて進んで按ずるに、原審証人宮山盛夫の証言により同人の作成した文書と認められる乙第三号証、同証人および原審証人仲田裕彦の各証言ならびに原審および当審における控訴本人の各尋問の結果を総合すると、被控訴人の代理人と称する仲田裕彦、宮山盛夫の両名と控訴人との間に、昭和四四年一二月一九日本件土地を代金一〇二万円で控訴人が被控訴人より買受ける旨の契約が締結され、右代金は控訴人より被控訴人の代理人としての宮山盛夫に交付され、かくて本件土地につき控訴人のため前記のとおりの売買による所有権移転登記が経由されるに至つたことを認めることができる。

しかしながら右売買契約の締結につき被控訴人より仲田裕彦、宮山盛夫らに対し代理権の授与があつたと認めることはできない。なんとなれば原審における被控訴本人尋問の結果によると右売買契約は被控訴人不知の間に仲田、宮山の両名によつて被控訴人にはかることなくほしいままになされたものであつて、被控訴人の関知するところにあらず、しかも被控訴人は宮山らより右代金の入金も受けていないことを認めることができ、右事実によれば前記売買契約は仲田、宮山両名の無権代理行為によるものというのほかないからである。

もつとも乙第九号証(昭和四四年一二月一九日付被控訴人名義の委任状)には、委任事項中に「本件土地の名義変更登記、金銭の授受の代行およびこれにともなう一切の必要行為の代行権限」「本件土地の売買による所有権移転登記に必要なる一切の行為」なる記載が存し、右記載によれば一見上記売買契約に関する被控訴人の代理権授与の事実を肯定し得るようにみえるが、原審における被控訴本人尋問の結果によると、被控訴人が後記認定のような事情のもとに右委任状を仲田、宮山らに交付したときには右のような委任事項の記載はなく、これはあとで右両名らによつてほしいままに書き加えられたものであることが認められるから、右は前記売買に関する代理権授与の証左となし得ない。また原審証人仲田裕彦、原審および当審証人宮山盛夫の各証言中右認定に牴触する供述部分は措信し難く、他に右代理権授与の事実を肯認せしめるに足る証拠は存しない。

(なお前記売買契約は、控訴本人の原審ならびに当審における各供述に照らし、普通の売買契約として締結されたもので、譲渡担保契約等の性格を帯有しないことが明らかであるから、本判決においては控訴人主張の譲渡担保契約には言及しない。)

三  そこで表見代理の成否について審究する。

原審証人仲田裕彦、原審および当審証人宮山盛夫の各証言、原審における被控訴人および原審ならびに当審における控訴人の各本人尋問の結果を総合すると次のとおりの事実を認めることができる。

(1)  被控訴人は、かつて同人の関係した手形事件につき宮山盛夫から追究を受け、その解決資金の調達に苦慮していたところ、昭和四四年一二月に至り右宮山から仲田裕彦を紹介され、同人より金融の便をはかる旨を告げられて話し合いとなり、その結果、結局本件土地を抵当に入れて二〇〇万円ないし二四~五〇万円の金融を同人らに依頼することになつた。これよりさき本件土地の権利証はすでに同人らに交付されてあつたが、本件土地には当時株式会社群馬銀行のため極度額三〇万円の根抵当権設定登記があつたので、これを抹消する必要があり、そのためをも含めて、昭和四四年一二月一九日被控訴人は仲田、宮山両名の求めにより前記乙第九号証の委任状および被控訴人の印鑑証明書を同人らに交付した。しかしそのときにはまだ右委任状には委任事項として「抵当権抹消に関する件」の記載しかなかつた。

(2)  一方仲田裕彦はその頃控訴人に本件土地の権利証を示して代金三〇〇万円で本件土地を買わないかと話をもちかけ、控訴人を前橋市内にある本件土地に案内して実地を検分させたうえ、結局昭和四四年一二月一九日夜前橋市内において宮山盛夫とともに被控訴人の代理人として控訴人との間に代金一〇二万円で本件土地の売買契約を締結させ、宮山盛夫において控訴人から右代金を受領した。

(3)  控訴人としては売主たる被控訴人に直接面接することはなかつたが、すでに本件土地の権利証を示されており、また本件土地を実地に検分しており、しかも契約締結の際には、本件土地の売買に関する委任事項の記載のある被控訴人名義の委任状(乙第九号証)および被控訴人の印鑑証明書を交付されたので、仲田、宮山らに被控訴人の代理権があると信じて右売買契約を締結したものである。

(4)  他方、被控訴人は、宮山盛夫、仲田裕彦らの言動に疑惑をいだき、同年同月二五日頃、知人の泉登志明に打ち明けて相談した結果、本件土地の登記簿を調べてみるようにすすめられ、前橋地方法務局に赴いて登記簿を閲覧したところ、本件土地の所有権が売買により控訴人に移転登記されていることを発見して驚き、昭和四五年一月九日本件土地について処分禁止の仮処分を申請した。

前掲証人仲田裕彦、同宮山盛夫の各証言および控訴本人尋問の結果中上記認定に副わない部分はいずれも措信できない。

叙上認定事実によると、被控訴人は上記経緯のもとに、本件土地を抵当に付して金融を受け、本件土地に設定されている株式会社群馬銀行の前記根抵当権設定登記を抹消し、新たなる抵当権設定登記手続をなすべき代理権を仲田裕彦、富山盛夫らに付与したものと認めるのが相当であるから、民法第一一〇条の表見代理におけるいわゆる基本代理権の存在に欠けるところはない。しかしながら右両名において控訴人との間に前記売買契約を締結すべき代理権限があると控訴人が信じたことに正当の理由があるとは認めることができない。その理由は次のとおりである。すなわち前掲の各証人および控訴人、被控訴人各本人の供述を併せると、宮山盛夫および仲田裕彦はいずれも被控訴人と格別緊密な間柄にある者ではないのみならず、右両名は不動産取引業者でもないこと、また控訴人自身も右両名とは本件取引においてはじめて面識を得たに過ぎないこと、しかも右両名には取引交渉の過程においてことさら控訴人を被控訴人に直接会わせまいと策していた形跡が歴然としていること、控訴人はわざわざ被控訴人の居住地である前橋市に赴きながら、右両名のみを相手に折衝を終始し、積極的に被控訴人に連絡して直接本人の意思を確かめることをあえてせず、また売買代金額の決定についても当初仲田裕彦から申入のあつた価格は三〇〇万円であつたからその約三分の一に過ぎない一〇二万円という安値にさしたる異議もなく安易に決着したとすれば、一応危惧の念をもつべきであるにかかわらずかかる点に対する配慮が足りなかつたことを認めることができ、しかも控訴人が結局は右両名の言動に疑惑をいだいたことは前認定のとおりであり、その他上記認定にかかる諸般の状況を総合勘案するときは、たとえ右両名が被控訴人の委任状、印鑑証明書、権利証等を所持していたとしても、控訴人が本件取引につきたやすく宮山盛夫、仲田裕彦らに被控訴人を代理して前記売買契約を締結すべき権限があると信じたことについては過失があるものといわなければならない。

したがつて、控訴人の表見代理の主張も採用することはできない。

四  そうすると、控訴人は本件土地の所有権を取得したものということはできないから本件土地につき前橋地方法務局昭和四四年一二月二六日受付第三九四五六号をもつて経由された所有権移転登記を抹消する義務を免れない。

五  以上の次第で、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 古山宏 青山達 奈良次郎)

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